私はサッカーが大好きで、週末は夜遅くまで欧州サッカーを寝る間も惜しんでみています。できればすべての試合を見たいくらいですが、サッカーの試合時間は90分です。アディッショナルタイムやハーフタイムを入れると一試合で2時間弱もかかります。すべてを見ることができないので、ハイライトの番組を見たり、後日、日刊スポーツを読んでチェックしております。スポーツ紙には、テレビで放送されないエピソードなどが載っていたりします。 私は、スポーツ新聞を読むとしたら日刊スポーツを読むことが多いです。私は北海道に住んでいるので地元のスポーツ新聞を読むこともあるのですが、日刊スポーツのほうが情報量が多いように思います。スポーツ新聞というのは、スポーツが好きな人間にとってはたまらないものです。かなりマニアックなことまで書いてありますからね。普通の新聞だと、スポーツに関する記事ばかり書けませんから情報量が少なくなるのも仕方ないと思います。スポーツが好きな人は、やっぱりスポーツ新聞ですね。それも日刊スポーツがいいと思いますよ。
【第159回】高見国生さん(「認知症の人と家族の会」代表理事)
認知症患者と、それを支える家族たちの組織である「認知症の人と家族の会」は昨年、結成30周年を迎えた。同会の代表理事を務める高見国生さんは母親を介護していた結成当時を、「福祉も医療も相手にしない、行政対策もないという状況だった」と振り返る。それから30年―。介護保険ができ、薬が登場し、痴呆という名称は認知症に変わった。結成当初、「呆け老人をかかえる家族の会」という名称で、認知症患者を抱え、苦労している人の組織として、あくまでも家族が主体だった「認知症の人と家族の会」も、「ぼけても心は生きている」という言葉を掲げ、認知症患者と家族、双方を主体として活動するようになる。しかし、こうした認知症を取り巻く環境の変化は、新たな課題も浮かび上がらせている。今後の認知症対策のあるべき姿を探った。(津川一馬)
―30年前の結成当時の状況や、会の発足の経緯を教えてください。
30年前は、ちょうどわたしが母親を介護している最中でした。当時は認知症ではなく、痴呆という言葉が使われていました。行政の対策は皆無。医療分野では、「痴呆は治らないものだから、医療の範疇ではない」ということで、多くの医師は相手にしませんでした。福祉分野でも寝たきりの人への対応が中心となっており、痴呆の人は対象と受け止められていませんでした。医療も福祉も相手にしない、行政対策もない状況で、家族の力だけで介護せざるを得なかったという状況でした。
しかし、この30年間で認知症に対する理解は大きく変わりました。かつては、認知症になった人は何も分からない人、何もできない人という認識でしたが、実際にはそうではなく、本人自身が悩んだり、苦しんだりしていることが分かってきました。わたしたちは「ぼけても心は生きている」という言葉で表現してきましたが、そういうことが分かってきたからこそ、2004年12月には、それまで「痴呆」と呼ばれてきた名称が「認知症」に変わりました。それと同時に、認知症のケアのあり方についても、本人の気持ちを大事にしたケアへと変わってきました。
また、皆無だった認知症対策について、2000年度から介護保険ができたことも大きな変化でした。これも、「介護するのは家族の責任」という社会の認識が、「家族だけでは介護ができない」へと変化したことが背景にあります。現在では介護保険に対するいろいろな問題が浮上し、議論が起きていますが、やはり介護保険の導入により、介護の社会化の一歩が始まり、社会的に支える仕組みができたということは非常に大きい変化だったと思います。
―「認知症の人と家族の会」は4月に、細川律夫厚生労働相あてに要望書を提出されました。この中で、早期認知症患者への対策の充実を訴えています。なぜ、早期の方への対策が必要なのでしょうか。
かつての認知症患者は皆が重度の人ばかりで、初期の認知症はほとんど注目されていませんでした。高齢者の物忘れや迷子は、年を取ればしょうがないことだと思われており、症状が軽いうちは、誰も医師に見せなかったため、実際に医師に見せる段階では、既に病気が大きく進行していました。
しかし、現在では医学が進歩し、診断基準ができました。これにより、認知症の早期診断が可能になり、認知症初期の患者の存在が浮かび上がってきたわけです。初期の患者は若年層が多いことが特徴です。こうした認知症初期の若い人がデイサービスに通っても、現在の介護施設や専門職の認知症への対応は重度の高齢者しか想定していないため、対応が難しいのです。
また、家族が介護する上でも、初期患者への対応は非常に大変です。家族は認知症を理解していないため混乱し、患者本人も日常生活上の物事について理解できることは多いものの、一方で症状が進んでいくため不安を抱え、混乱します。しかも、認知症は初期の対応を間違えば、症状の進行が早まり、重症化してしまいます。
―要望書では、要介護認定の廃止や、認知症患者を抱える家族への支援の必要性についても言及していますが、どういった問題があるのでしょうか。
今の要介護認定は、認知症の症状を正しく反映しません。そもそも、認知症患者へのサービスの必要性は、機械的に身体の状況を見ただけでは決められません。例えば、老老介護ならヘルパーをたくさん入れなければならないですし、家が非常に狭ければ、サービスを増やさなければいけません。わたしたちが訴えているのは、要介護認定を全くなくすということではなく、機械的な方法とは違った手法で、一人ひとりに合ったサービス内容を決めてほしいということです。
また、家族への支援の必要性についてですが、現在の家族の形態は昔と大きく変わり、人数も大幅に減っています。かつては、家族の人数が多い分、デイサービスやショートステイといった介護サービスが充実すれば、それだけで家族は休めて、楽になりました。しかし、家族の人数が減り、老老介護などの問題が出ている現状では、介護で家族が疲れきっており、昔と違った意味で家族そのものに対する支援が必要になってきています。
―認知症に対する医療について、かつては「医療の範疇ではない」とされていた経緯があるとのお話でしたが、現状では満足のいく医療が提供されているのでしょうか。
現在の認知症医療が十分かどうかは難しい問題です。認知症に対する医療は、医師の心意気に頼っている部分が非常に大きいです。診療報酬が十分でないため、手がかかる一方、お金にならないということで、医師がなかなか取り掛からないという問題があります。
また、認知症に医療がかかわろうとしても、完全に治す薬もなければ、血液検査をやって認知症が分かるわけでもない。つまり、認知症に対して医療上の処置をするという部分があまりないので、余計に医療が乗りにくいという問題もあります。
しかし、認知症に医療がかかわらなかったらどうなるかを考えてみてください。認知症は基本的に進行する疾患です。高齢化していけば必ず他の疾患も出てきますし、いつかは死に向かっていくわけです。そうしたことに対し、何の医学的知識もない素人の家族が、在宅介護で向き合っています。これらにはすべて医療がかかわってくれなければ、介護だけでは対応できません。
医師は人間の命や、病気のことについて専門知識を持っています。認知症も命が衰えていく一つの過程です。認知症そのものは詳しく知らなくても、人が病気になって老いていく過程について、医師は専門家であるわけです。だからこそ、医師はたとえ根治する薬がなくても、手術できなくても、家族に対して「何もしてやれることはないけれど、わたしは医師としてあなたと共に苦労しましょう」とか「力になります」と言ってくれるだけで、家族はすごく安心できます。そういう意味で、わたしはもっと医療にかかわってほしいと思っています。
―今年は、1999年にエーザイのアリセプトが発売されて以来、12年ぶりにアルツハイマー型認知症治療薬の新薬が相次いで発売されます。こうした認知症治療薬に期待することは何でしょう。
患者と家族にとって一番の願いは、認知症対策の充実ではなく、認知症から治りたいということです。そのためには、薬や手術などの力が必要です。現状では、新薬も含め、症状の進行を抑制するという効果であって、根治につながるわけではありませんが、治る薬に近づいていく一つの過程という意味で、新薬の登場はわたしたちにとってうれしい。
また、進行を抑制するということ自体も重要なことです。薬がいくら進んでも、死なない薬はできないし、死なないための医療もありません。それでは、薬や医療は何のためにあるのでしょう。わたしは、生まれてきた命をできるだけ寿命いっぱい、豊かに人生を生きるために薬や医療があると思っています。豊かに生きるためには、できるだけ症状は進まない方がいいから、症状を進めない薬というのは有意義ということです。
ただ、認知症患者は1999年まで、誰も薬に頼らず生きていました。そのころの患者と、治療薬が登場した以降の患者を比べて、登場した以降の患者の方が幸せだということは一概に言えません。薬のあるなしにかかわらず、認知症患者がどのように社会の中で処遇されているか、どのように家族に見守られているかということが大切なのです。
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